省エネのコスト負担は可能である。

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(by paco)2050年ごろのエナジーシフトの想定は、「省エネを進めて使用エネルギーを2分の1程度にする」こと、その上で「限りなく全量を再エネで満たす」ことだ。

このようなシナリオに対する代表的な反論として、「コストが莫大になり、経済が失速して実現できない」というものと、「再エネにも環境破壊がある」という2点がある。

今回は、省エネ側のコストについて検討する。

■住宅の省エネ投資はストックとして捉えれば享受可能

まず先に、省エネ側を見ておく。

省エネで消費量を2分の1程度にするためには、当然投資が必要となる。代表的な例として、住宅と工場設備を取り上げる。

住宅では、住宅そのものの省エネ性能を上げて、特に空調に関わるエネルギーを大幅に削減することで、住宅での生活で必要なエネルギーを削減することができる。方法としては、断熱、気密と日照のコントロール、そして通風だ。すでに欧州では実用化されており、「パッシブハウス」と呼ばれている。

技術的なキーになるのは、断熱材をたっぷり使って45センチにもなる壁と、家をフィルムでくるむ気密処理、三重ガラスの窓、そして、熱交換式の計画換気システムだ。

実際のところ、パッシブハウスは、構造の問題であって、外観やデザインではないため、写真を見てもイメージが湧かない。しかし実際にパッシブハウスに入ってみれば、差は歴然としている。

冬、誰もいない家に帰るとひんやりしているのが普通だが、パッシブハウスではほんわりと暖かい。断熱がよく、魔法瓶の中のような環境なので、出かける前の気温を長く維持しているのだ。マンションに住んでいる人は、マンションの角の部屋か、周囲を居室に囲まれているかの違いと考えればよい。1階や最上階、角部屋と比べると、周囲を居室に囲まれている部屋は真冬でも暖かい。冷暖房もわずかでよいのと同じだ。

具体的な価格と性能の例を見ると、「従来の建築に比べて価格は10%から15%高いが、そのかわり光熱費は8分の1まで節約できる」という。実際にはもう少し高価格なると思われるが、それでも何割か高い程度の価格だ。
http://www.re-port.net/oversea.php?ReportNumber=24492

「パッシブハウスが従来の次世代省エネ基準の家に比べて10%ほどの空調エネルギーで暖房できるほど断熱性能が高く、外部の温度変化の影響を受けにくい」
http://www.sotodan-souken.com/lecture/page004.html

一般住宅での生活では、冷暖房で33%のエネルギーを消費している(冷房は2%)。パッシブハウスでは(断熱性と気密性の向上で冷暖房の80?90%程度を削減できるので)、全体では33%→5%程度に抑えることができる(全体に対する削減幅は33マイナス5%)。
http://www.env.go.jp/policy/hakusyo/zu/h19/html/vk0701030400.html
このことから、パッシブハウスにすることで、冷暖房費が削減され、25%程度のエネルギー削減が可能だ。

エネルギーが削減できるなら、エネルギーコスト削減分で住宅価格の上昇分をまかなうという発想をしてもいいのだが、ここでは、「エネルギー消費が減るので、再エネ導入でエネルギー価格が上がっても、エネルギーコストは家計負担は上下しない」と説明をしておこう。

では住宅価格の値上がりの負担はどうするのか。

ひとつは、単純に「住宅は高い」、しかし「住宅自体の価値が上がるので、資産価値、転売価値も上がり、負担はストックの向上になる」というように考え方の転換を図ることだ。

日本の戸建て住宅は平均的に30年未満で建て替えられてきた。しかし欧州でも米国でも、住宅は木造であっても(修繕しながら)100年200年と使われ、むやみに取り壊されることはない。寿命が長いということは、転売するときにも住宅価値が充分にあるということであり、価値が下がらないということだ。

省エネ性能を最高準にして、耐震性・耐久性も高い住宅をこれまでより高くつくることを「慣習」にしつつ、その代わり、建てるときに高く払っても、売却時点で十分な価値があれば、差額は、いわば貯金していたのと同じ意味になる。建てるときに高く払っても、売却時点で十分な価値があれば、差額は、いわば貯金していたのと同じ意味になる。ローンを組む場合は、月々の支払いで定期預金をしていた計算になる。

住宅の資産価値の基準を変えてしまうわけだ。実際、多くの先進国ではこれが常識だ。

日本では住宅ストックの総量は20年前にすでに飽和している。今後は質の悪い住宅を質の良い住宅にリプレイスし、100年以上使うインフラとして整備することが、豊かな社会のひとつの方向になる。省エネ性能(と耐震性能)はそのための中心的な動機と柱になる。

とはいえ、やはり高額の負担が重すぎ、質の悪い住宅の更新が進まない場合は、「旧耐震基準で作られた住宅を、新耐震基準・新省エネ基準で立てる場合は、補助金を出す」といった、エコポイント方式も考えられる(すでに部分的に実施済み)。

基本的には住宅を消耗品からストックへ、個人所有から社会インフラへ、という社会的なコンセンサスの変更が必要になるだろう。

その一方で、パッシブハウスのメリットはエネルギーの削減だけではない。

「家じゅうの温度が安定し、どの部屋に行っても快適な環境が確保された家では、季節変化や部屋の移動によけいな心配がいらなくなり、家全体をフル稼働されることが可能に」なるのだ。
http://www.huset.jp/products/spec/

快適で、資産価値の高い住宅ストックを作ることで、住む人の個人的な努力にたらなくても、エネルギー消費の少ない住宅を作ることが重要だ。

ちなみに、パッシブハウスは現在は戸建て住宅を中心に設計されているが、マンションやオフィスビルでもつくることができる。日本でもパッシブハウスを作る住宅メーカーが出てきているが、中国でもエネルギー消費を抑えるために、市当局が中心になって積極的に導入が進められている、と言うことは日本では知られていない。

■照明など設備のエネルギー消費削減コストも負担可能。

パッシブハウスだけでは24%の削減にしかならないが、次に消費量が多い「照明」(30%)はLEDや有機EL照明に切り変えることで10分の1程度に下げることができる(同じく全体に対して25%減)。この部分のコスト負担は、電気代の削減分ではなく、長寿命化で相殺できるだろう。頻繁に買い換えずにすむので、初期コストがかかっても実質的な負担がない。

「動力」という項目に該当する冷蔵庫やパソコンなども、同じく省エネを追求すれば削減余地がある。住宅で50%程度の省エネは視野に入る。この部分は逆に、省エネによる価格上昇がほとんどないので、相殺する必要もない。

ここまで見たとおり、住宅と住環境でのエネルギー消費削減にまつわるコスト負担は、「エネルギー使用量が下がるので、エネルギー価格は上がってもだいじょうぶ」「住宅の価格上昇分は個人の所有物というよりは社会のストックと見ることでことで、世代を超えて償却すれば実現可能」と言うことになり、コスト負担可能と判断できる。

■事業用設備は負担増になるものの、リスクヘッジ効果で相殺できる

事業用は、基本的にはエネルギーを使う設備を最新の省エネ設備に更新していくことになる。設備投資なので、減価償却がすみ、競争力の落ちた設備を更新する際に、最新の省エネ基準のものしか使えないように規制をかけた上で、そのコストをどう負担するかを考える。

省エネ設備が30%高価で、30%のエネルギー削減が可能な場合、初期投資をエネルギー使用量の削減=コスト削減でまかなえれば、コスト回収は可能になる。しかし、同時に社会が再エネにも投資していると仮定すると、エネルギーコストも上昇してしまい(30%上昇とすると)、回収できなくなる。

省エネ設備にする動機が、コスト的にはメリットはなく、負担が増えるとすると、その負担はどのように可能になるだろうか。

この判断は、コスト面だけからでは難しい。長期的な経営戦略から考える力がないと、合理的な判断は出来ないだろう。

更新した設備を10~20年使うとして、その間に、エネルギー需給に大きな変化が起こるリスクがカギになる。

  1. 中国・インドなどの新興国の需要が伸びて市場価格が上がり、省エネ・再エネのコストを上回る可能性。
  2. 石油の埋蔵量がピークに達したことが明らかになり、先行き不安から価格が上がる可能性。
  3. メキシコ湾の原油流出事故のような大事故が起こり、市場価格が上がる場合。
  4. 為替リスク。現在は円高に振れているが、円安に振れた場合、エネルギー価格は急騰する。

などが考えられる。重要なのは、省エネルギーが進んでいるほど、こういった不測の事態に対応力があるということだ。3.11の震災で、東北の産業がストップして、多くの企業が部品不足や素材に悩まされた。エネルギーも、なるべく消費量が低ければ、状況が変わっても影響を受けにくくなる。

経営を長期に安定させようと思えば、コストをかけても、省エネを進める意味があり、かけるコストに意味がある。長期的な視野をもてるかどうかが、このコスト負担を、負担と思うか、将来への投資と思うかの差になるだろう。

以上、大きく、住宅と産業設備の面で、コスト負担に耐えられるかどうかの検討を行ったが、考え方の変更や視野の拡大を想定すれば、コストは十分ペイする負担であるといえる。